数あるブログの中から見つけてくださってありがとうございます。
「一日一善」をモットーに少し笑えてためになる情報の発信を目指しているわらタメです。
「老害」という言葉をよく耳にするようになりました。
老害とは?
組織や社会で幅を利かせすぎて言動が疎まれる高齢者、あるいは、傍若無人な振る舞いによって若者に必要以上の負担や迷惑をかけている高齢者などを指す表現。
Weblio辞書
「老害」の語は、もともとは組織の世代交代・新陳代謝を阻む高齢層といった意味が主流だったといえる。
昨今では、組織というよりは世間・社会において迷惑な振る舞いをする老人一般を指す語として用いられている。
老害の例として挙げられているのは、こんな感じ。
- 根性論を持ち出して若者をこき下ろす
- 自分を無条件に絶対的に敬うように強いる
- 自分の気にくわない(意に沿わない)ことがあれば癇癪を起こす
- てこでも譲歩しない
老害に限らずですが、仕事をしていると、いろんな人と関わりを持つことになります。
その中でも、「 自分の気にくわない(意に沿わない)ことがあれば癇癪を起こす 」という部分で、自分にも思い当たる節があり、反省の意味も込めて今日のブログを書くことにしました。
みんな何かしらのプライドは持っている
わらタメは、基本へらへらしていて、プライドなんてないよ~というスタンスでいるつもりでした。
しかし、よくよく思い返してみると、自分にもきちんとプライドがあり、何かを指摘されると「ムッ」となってしまっていることに気づきました。
例えば、自分が自信満々で提出したものが「ここはもっとこうした方がいいよ」と指摘を受けた時。
「指摘」を「アドバイス」と言い換えると、少し受け入れやすくなると思いますが、自分が自信を持っている時ほど、これが「アドバイス」ではなく、「指摘」や「文句」として受け止めてしまうってこと、ありませんでしょうか。
これは、自分の中で「よくできている」というプライドがある傷つけられたような感覚になるからだと思います。
そして、この感覚がまさに、「老害」の解説でも書かれていた、「 世代交代・新陳代謝を阻む 」ことにつながってしまうかも、そんな危機感を持った瞬間でした。
指摘してもらえるうちが華
職場に、こんな人がいると思います。
「あの人には何を言っても無駄だから、もう、なにも言わない方が逆に楽。」
先日、仕事でのこと。
AさんとBさんに、わらタメが「こんな意見が出てます!」と提案するメールを送ったら、Aさんからお怒り電話がすぐにかかってきました。
わらタメが送った内容が、あきらかに「文句」として受け止められてしまい、相当お怒りの様子。
「そんなこと言われる筋合いない」という返答でした。
「文句」を言ったつもりではなく、「一意見として参考にしていただけますと幸いです」という文言や、参考リンクなども貼っておきましたが、全然読んでいない様子。
宛先に入っていたBさんに「Aさんからこんなお怒り電話きましたけど、実際現場の声はこんな感じなんで、検討してもらえると嬉しいです」と別途連絡すると、「うん、あなたの意図はわかってるよ」と返信が。
Aさんと私のこういったやりとりは、もう数えきれないくらいありますが、わらタメはめげずにAさんに提案し続けています。
私はまだ、Aさんに対して諦めていない部分があるから。そして、Aさんに気を遣ってなにも言わないことの方が、リスクが大きいから。
一方、Aさんに対して「もうあの人には何を言っても無駄だから、すんなり受け入れておく方がいいよ」というアドバイスももらったことがあります。
どんな出来事も、参考になる!
と考えるようにしていますが、まさにこのケースが私の参考になっているんです。
それは「指摘」されるうちって、ある意味「期待されている」時だと思うんです。
何言っても無駄、と思われるキャラになってしまったら、そこで試合終了。
いや、成長終了。
誰にも指摘してもらえない、「裸の王様」状態になってしまうんです。
嫌な人がいたらお手本だと思おう
在宅勤務で直接会っていないにもかかわらず、職場の人間関係の悩みは尽きません。
きっとそれは、どんな職場でも一緒。そして、その困難を乗り越えるたびに、自分自身、成長しているのではないか、と感じています。
嫌な人、苦手な人がいたら、お手本だと思うように。
自分が同じ過ちを犯さないように、先に手本を見せてくれているんだ。
余裕がなく、イライラしてスマホを布団に投げつけてしまうような日もありますが(笑)
今週は心穏やかに、一日一日を過ごしていきたいです。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
悩みって結局は人間関係だよね、のポチッありがとうございます。
今日も皆さんにとって素敵な一日となりますように!